Hawaii 3

 ハワイ。初日はセーターの袖をたくしあげていた私は、慌ててアラモアナでTシャツとショートパンツとサングラスと水着を購入した。アラモアナには大型ショッピングモールがあって、ファッションに疎い私たちはほとんどのハイブランド、ブティック、ロコブランドを素通りし、結局アメリカンカジュアルブランドで滞在中の洋服をほとんど揃えた。

 ところで、噂どおりハワイには日本人が多かった。とくに日本人女子たちは360度どこから見ても、とてもジャパニーズガール。彼女たちはワイキキの至るところにいて、自撮り棒をするすると伸ばしてアロハポーズをきめたり、たくさんのショップバッグを並べて駅のホームのベンチに座るみたいな気だるさでそこにいたりして、なんか可愛くておかしかった。ヤシの葉がのどかに揺れる風景のなか、でっぷりと太った現地の老夫婦が犬をつないだまま芝生に横たわり本を読んだり、パイプシャワーでロコボーイが夕日を背にサーフボードを洗っていたり、そういう絵はがきみたいな風景にいたずらで貼られたシールみたいな存在感。こんなふうにそれぞれ持ち合わせている全然べつの種類の陽気さで、決してぶつかり合うことなく平等に太陽と風にくるまれて歩く、寝そべる、泳ぐ、自撮りする、ハワイ。

 さて、ようやく風土にあった服装をしてビーチに戻ったら、私の陽気さは発揮された。ショートパンツに履きかえると冷え性で異様に青白くむくんだスネがむき出しになり、そこにぽかぽかの太陽が注がれるたびにからだの細胞がバンザイしているみたいだった。あまり似合わなかったけれど、気分は良かった。そしてそれよりも重大だったのは、長年のプリントTシャツに対する疑念のこころが、滞在中は溶けて消えてしまっていたことだった。

 私は、いつからかこじらせた自意識のせいで、プリントTシャツアレルギーを発症させていた。胸部に何か文字がプリントされていることは本人の主張と捉えられかねない、とか思っていた。よくわからない外人の顔写真をつけて歩くのも意味がわからなくて嫌だったし、キャラものでさえも私はスヌーピー派ですみたいに見えそうで、とにかく、ひん曲がった自意識がこのアレルギーを重度化させていた。ほんのささいな胸の主張で、誰かのこころの中に、あるいは自分のなかで、何か思いもよらない摩擦がおきるんじゃないかと思うと恐かったのだ。避けていたら、だんだんポリシーだとか美意識だとさえ思うようになっていた。「ARMY」なんてプリントをためらうことなく着てるひとと、目も合わせたくなかったよ。だけどハワイにはTシャツ専門店というものがたくさんあり、どこにでもプリントTシャツがところせましと並んでいた。むしろプリントしていないTシャツを見つけるほうが困難だった。

 私はプリントTシャツを買って、着た。というか、着たものにいつのまにかプリントされていた、くらいのさり気なさで私はそのハードルを超えていた。胸に、しっかりと英字メッセージを掲げて過ごしていた。帰国してから、かつての下らないポリシーのことを思い出し、ハワイで着ていたTシャツを広げてみると、「BUCKLE UP, BETTERCUP」と書いてあった。訳:シートベルトをしめなさい、ベターカップ。なんだかそれは、意味はよくわからないけどなかなか良い文面のに思えた。浮かれたハワイで私は、シートベルトをしめなさい、なんて小さく胸に掲げてたんだと思うと、心躍るわ。

gohan.s